二度と逢うことも無いだろうと君は呟く

 怪我が治ったので、あの不気味な館へ行ってみた。
 門の前に、あの目付きの悪いハヤブサがいなかったので、「ああそうかやっぱり」と思った。
 玄関の扉も開けっ放しで、いつもだったら床を滑るように出てくる執事もいない。きっともう、いないんだ。
 なので、中に入った時そこが迷路になっていなくても驚かなかった。あの人も、もういない。
 もう誰も、ここにはいないんだ。
 この手にある本に出た内容。
 病院にいる間ずっと読んでいたから、ここで何があったのか、もう殆ど知っていた。もう一週間以上前に、全部終わってしまっていた。
 あの人達はみんな、どこに行ったんだろう。
 全員死んでしまった、なんてことはない。生き残った人達は、あれからどこに行ったんだろう。
 みんな、これまでのことは悪い夢だったと思って、嫌なことは全部忘れて生きていくつもりなんだろうか。


 屋敷の中はボロボロで、少しだけ気持ち悪い。
 あの、なんとかアイスって人が削った跡だってことは知ってる。
 場所によっては、壁も無くなっていて、夕日が綺麗に差し込んでいた。
 昼間でも明かりが入らないのは、ここに住んでいたあの人がああだったから仕方がないことだけれど、こうやって少しでも光が入っているのはやっぱり気持ちがいい。
 階段を上り切って、棺桶が見えるところまで進む。
 半開きだ。
 見なくても知ってる。
 ほら、ここのページだ。
 ヌケサクが入ってる。この絵の通りに、今もあの中にはあの人が入れられてるんだ。
 誰も出さなかったから。


「誰かと思えば……」
「!」
 柱の陰だったから、気づかなかった。人がまだいたんだ。
 誰だろう。こんな所にいつまでも残っているなんて。
「ボインゴ、もう兄貴の所に帰ってもいいんだぜ?」
 テンガロンハットに見覚えがあった。
 この人、退院したんだ……。思ったよりも丈夫にできていたんだ、この人の身体。
 だいたい、自分をアスワンからここまで無理矢理連れて来たのはこの人だ。
「まさか一人じゃ飛行機に乗れないって言うんじゃないだろうな?」
 実は少しだけ人混みが怖かったのだけれど、正直に「乗れません」とも言えない。
「もう知ってると思うが、ディオは死んだ。他の連中はいざって時に動けなかったのをいいことに、そのままトンズラらしいぜ」
「あ……あなたも、ですか……?」
「ん? オレは世界中にかくまってくれる人間がいるから、どっかでほとぼり冷ますさ」
 やっぱり姿を暗ますつもりなんだ。
 そしてそのかくまってくれる人っていうのは、きっと全員女の人だ。
「おまえも兄貴と一緒に、しばらく隠れてた方がいいぜ」
 残党狩りなんて真似はされないだろうが、目立たないに越したことはない。
 ホル・ホースはそう付け加えた。
 今気づいたけれど、この人、ディオ様を呼び捨てにした。
 ああ、そうか。
 もういない人なんだ。これからは、あの人のことは考えない方がいいんだ。もう関係の無い人なんだ。
 だからいつまでも、あの人に敬意を払っていちゃいけないんだ。
 忘れなきゃ。
 あの人に会ってから起こったことは、全部忘れなきゃ。
 でも。
 この手にある、この分厚い本。これは消えない。
 スタンド使いである事実も変わらない。
 もしかしたら今度こそ、世のため人のために、この能力を活かすべきなんだろうけど。
 何をしていいのか、まださっぱりわからなくて。
 そんな気持ちを察したかのように、ホル・ホースは近付いて来て、頭を撫でた。
「大丈夫だ。おまえ、オレ見てもオドオドしなくなっただろう? 箱の中とかにも隠れない。真っ直ぐオレ見て立ってる」
 それは多分、慣れだと思う。
 少しの間だったけれど、一緒にいたから。
「今はどうしていいかわからなくても、おまえは兄貴と一緒だ。二人で、これからどうするか考えれば、何かいい考えが浮かぶ。おっと、その本は見ずにだ。見る前に考えろ。いいな?」
 この人が、こんなに柔らかい言葉を掛けてくれたのは、これが初めてだと思う。
「は……はい……」
「よし! いい子だ」
 髪をくしゃくしゃにされた。
 これがこの人なりの親愛の表現なんだと思う。
「でも飛行機は一人で乗れよ。オレも空港に行くから、ついでにチケット買うまでは付き合ってやる。でも、オレとおまえは行き先が違うから、そこまでしか行けないぜ」
「はい!」


 ホル・ホースに連れられ、外に出た。
 門を出る前に、振り返ってみた。
 前に来た時に比べて、随分荒れてしまった。たった数日のことなのに。
 あの怖い鳥は死んでしまったし、執事も消えてしまった。
「この館……どうなるんですか……?」
 そっと尋ねてみた。
 ホル・ホースも振り返った。
「十年くらいはこのままだろうな。……もう来ないんだ、心配なんかするな」
「……はい」
 それでも、時々は考えてしまうような気がする。
 あの怖い鳥のことや、あの執事や、それから、あの人のことも。
 みんな、今どこにいるんだろう。
 会っても、きっとまともに話なんかできないだろうし、話すことなんか一つもない。あの人がいなければ、みんな何の関係の無い人達なんだから。
 それはわかっていたけれど、なんだか少しだけ寂しかった。
 もう館は見ない。
 振り返りたい衝動は一歩進むごとに強くなった。
 でも、もう見ない。
 多分、十年はこのまま荒れて行く館。
 もう住む人が一人もいない館のことは、考えてはいけないんだ。


 ホル・ホースとは空港で別れた。
 彼がこれから何処に向かうのか、聞かなかった。
 聞かなくても、きっと今開けば、ちゃんと漫画には描いてあるだろうけど、それもやっぱり見なかった。
 だから知らない。
 多分、彼と会うことも、二度とない。
 一生会わない人の行き先なんて、聞いても仕方がない。だから聞かない。
 ちゃんと一人でも飛行機に乗れた。
 窓から雲が見下ろせる。
 帰ったらお兄ちゃんに「一人で乗れた」と報告しよう。

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