助けを求める事はできないと知っていた
漂流。
何日目になるかは知らない。
あの強面の日本人によって大海に放り出された時は、まだ多少は期待していた。
動物を虐待するのは心が痛む、とか何とか言って、彼等が戻って来るのではないか。
あるいは、自分をこの海へと派遣した人間か、それに追従する誰かが、救助に来てくれるのではないかと。
ところが、海に投げ出した連中はそのまま振り返りもせずに見る見る遠ざかり、そのうち来るのではないかと思っていた知った顔も現れない。
見捨てられた。
もう死んだものと思われた。
生きていたとしても、もう役に立たない。だから捨て置かれた。
人間ってやつには、仲間意識が無いのだと悟った。
群れで行動したがるくせに、いったいどういう種族なのか。
他にすることもなく、海面に顔を出して考えるのはそんなことばかり。
途中から、自力で岸に泳ぎ着かなければならないと知り、手足をばたつかせたりもした。
しかし彼は知らなかった。
自分が実は、あまり泳ぎが上手くないのだということを。
十五分ほど水と格闘した後、そんな自らの特性を知った。そこで、体力の温存を図る方に切り替えた。
運が良ければ、人間の船が通りかかって、溺れている哀れな小動物を引き上げてくれるだろうから。
しかし、そんな見通しも甘かったようで。
もう何日も、こうやって波間に浮かんだままだ。
偶然流れて来た木ぎれに掴まることができたのは幸いだった。
これがなければ、とっくに海の底に沈んでいるところだ。
そうやって何処かへ流れ続け、時折海面に顔をつけてみる。
見えるのは、歪んだ水底の歪んだ生命。
今は自分もこうやって水の中に存在しているが、海中の彼等とは相容れぬ種族。水の中では呼吸もできず、自由に行動することすら不可能な、異種族。
それに、水の中にいることはいるが、身体半分だけを浸し、顔は殆ど一日中大気の中だ。
明らかに、水中の彼等とは違う。
ふと思う。
人間と過ごしていた時間が長かったせいで、人間と同等のつもりでいた自分。
人間達の定める分類上では、自分はかなり人間に近いらしい。
後ろ足で立ち、前足は物を掴むのに使う。身体的な部分だけでなく、その頭の中で考えていることも似たようなものだと思う。
けれど。
決定的に何かが違うのだ。
今現在の自分と、海中の彼等とのように。
同じ世界に存在し、同じように生きているつもりでも。
彼等は泳ぎ、自分は歩く。そういう生き物。
人間と近い存在であっても、彼等とは同じように生きられない。
言葉だって通じない。
体毛だって、自分のそれと比べれば、人間は無いも同然。
だから。
当然、知っていた。
本当は、知っていた。
仲間扱いなんて、最初からされていなかったことくらい、知っていた。
使えるから、そばに置かれた。ただそれだけだということくらい、分かっていた。
自分が人間だったら、もしかしたら彼等も、助けに来てくれたかもしれない。
もしかしたら、だけれど。
人間同士でも見捨てる連中かもしれない可能性も否定できないが、それでも。
同じ種族だったら、助けてもらえる可能性も、少しはあったはずだ。
自分にはゼロのそれも、人間だったなら。
今日も波間を漂い、考える。
助けは来ない。
そして。
助けを求めるつもりも、本当は無かった。
ただあの人が、自分の為に働けと言ったから。
だから、孤立無援、分の悪いこんな役目だって引き受けた。
万が一敗れ去っても、助けは求めない。
足手まといにはならない。
そう、決めていた。
それでも。
助けを求められないこんな状況でも。
あまりにも孤独で、あまりにも水が冷たいから。
だから考えてしまう。
あの自分を見下す連中が、今にもボートを漕いで来てくれるのではないかと。
そんな荒唐無稽な夢想を抱き、地平線を眺める。
今日も、人間は通らない。
でも考える。
海があまりにも広過ぎるから、世界が広過ぎるから、ありそうにない夢でも、もしかしたら叶ってしまうんじゃないかと。
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