自分の癖

 ここ数日、こそこそ動き回る奴の存在が気になって仕方がない。
 無視すれば済むのだろうが、一度気づいてしまうともう駄目だ。
 だから捕まえてみることにした。
 待ち伏せし、物陰から手を伸ばし、その襟首を締め上げてやった。
「何やってんだ、ミスタ? ここんとこずっと、落ち着かねぇなあ、おまえ」
 締め上げられた方は、突然伸びて来た腕に動揺しつつも、相手がアバッキオであることに安堵していた。
「……ブ、ブチャラティ、どうしてる……?」
「あ? ブチャラティ?」
 唐突に出て来た名前に、アバッキオの方が面食らう。
 それとこれと、何の関係があるのかわからず。
「なんだ、ブチャラティって?」
 また何かやったのか、と訝る。
 故意か偶然の産物かは不明だが、ミスタはよく妙な失態でブチャラティに絡む。どれも、くだらないと言えばくだらないことばかりだが、いくらブチャラティでも、そのうち本気で怒るのではないかと思う。
「今度は何やったんだ、おまえ?」
「……実は」
 そこから、ミスタの長い説明が始まった。


 一通り聞き終えた後、アバッキオは溜め息一つ。
「おまえ……馬鹿だろ?」
「だってよー……」
 わざとではないらしい。それはわかった。
 だからといって、こそこそ逃げ回っていてどうなるものでもない。
「謝ったらどうだ?」
「許してくれると思うか……? ブチャラティだぜ?」
「ブチャラティだから、笑って済ませてくれるんじゃねぇの?」
 アバッキオにとっては他人事なので、あまり真剣に相談に乗らない。
「アバッキオはいいよなー。いっつもブチャラティに遊ばれてる方だから」
「あ? 誰が遊ばれてるって?」
「気づいてねーのか?」
 言われてみれば、確かに時々からかわれているのではないかと思うことも、無くはないのだが。
 しかし、あのブチャラティが、そんな子供みたいな真似をするとは思いたくないので、いつも気づかない振りをして済ませている。
「オレのことはいいから、さっさと行って、謝って来い!」
 深く考えたくないことは目を瞑ろう。
 アバッキオはおどおどし通しのミスタの背中を蹴飛ばす。
「痛ぇ……! 本気で蹴っただろ!」
「冗談で蹴るかよ? ほら、さっさと歩け!」
 仮にもチームのリーダーである人物に対しての無礼。見過ごすわけにはいかないとアバッキオは判断し、首に縄をつけてでもブチャラティの前に引きずり出すことに決めた。
「でもよー……あの時、四……」
「うるせえ! いちいち何でもかんでも縁起担ぐな!」
 もう一度、背中を蹴りつける。
「そのすぐに足出す癖、なんとかしろよな……」
「だったらおまえも、その数字絡ませる癖、直した方がいいんじゃねぇか?」
 お互いに、互いの言葉が少々身に染みた。


 アバッキオとしては、ここでミスタと言い争い続けていれば、最終的には落ち込むような結果になるような気がしてならない。
 罵り合いは、どちらの得にもならないのだから。
「とにかく。ほら、立て!」
 まだ背中を抑えて屈んだままのミスタを、足でぐりぐりと押す。
「だから足……」
「いつまでも立たないからだ」
 動かなければ、アバッキオに蹴られ放題だとわかり、ミスタはだらだらと身を起こす。
「でもま、案外オレがやったこと、わかってなかったりしてな?」
 少しでも良い方へ考えを持って行こうと、無理矢理そう笑った直後。
「ブチャラティを馬鹿にするんじゃねぇ!」
 今度は拳が突き出された。
 思い切り腹部にめり込んだそれは、ミスタの素肌の部分。
「ひでぇ……腹に跡ついた……格好悪くて歩けねぇよ……」
「そんなこと気にするのはてめぇだけだ。なんだかんだと理由つけて逃げてんじゃねぇぞ」
 首根っこを捕まえ、引き摺るようにアバッキオは歩き出す。


 歩きながらもまだ何か口喧嘩を続ける二人の姿を、遠巻きに見ていた人物一人。


「子供の喧嘩だな、あれ……」
 買い物に出ただけなのに、偶然見掛けてしまった。
 面白いから声を掛けなかったのだが、途中からは、心底声を掛けなくて良かったと思い始めていた。
 仮にもギャングが、道の真ん中であんなくだらないことを言い合っているなんて。
 仲間だと思われたくない。
 他人の振りをしていて、本当に良かった。
 買い物袋で両手の塞がった状態のフーゴは、二人より先にブチャラティの所に着くよう、最短距離の抜け道を利用する。
 二人が来る前に、ブチャラティに教えておこうと思ったので。
 何の話かわからず首を傾げるブチャラティと、噛み合っていないことを知らずに謝罪するミスタ。
 そんな光景、もう見飽きている。
 たまには違うシチュエーションもいいだろう。
 前もって事情を知らされ、待ち構えるブチャラティが、ミスタにどんなお仕置きをするのか、それも楽しみだった。

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