独り言

 船上で、アバッキオはやや離れた所に立つ二人を見つめる。
「何話してんだ……?」
 先刻からそこでは、ブチャラティと新入りが小声で親密そうに話し続けている。
 船のエンジンと波に、二人の声はかき消され、アバッキオの所までは届かない。
 もう少し近付けば聞こえるのだろうが、さすがにそれは憚られる。
「ブチャラティの奴……あんな中坊にデカイ態度取らせていいのかよ……」
 新入りは新入りらしく、もう少し低姿勢でいるべきだ。
 上下関係ってものがわかっていないのか、あのガキは。
 ブチャラティもブチャラティだ。
 歳は五つも上、そしてリーダー。これは敬われて当然だというのに、これっぽっちも気にしていないらしい。
 誰かがはっきりと言うべきだと思うが、何故かここの奴らは無頓着。
 どうもその役は自分に回って来そうだ。
 年齢的にも外見的にも、性格的にも。
 他の奴では無理そうだ。
「……やっぱりオレか……? そうだよな、オレしかいないよな……」
 嫌々、という言い方をしているが、本音を言わせてもらえば、アバッキオは新人いびりが嫌いなわけではない。
 当たり前のようにそれができてしまう自分がいる。
「でも……オレの特製茶にもビビらねぇガキを、どうやって料理すりゃいいんだ……?」
 横目でちらりと二人の姿を確認する。
 ブチャラティはいつもと同じだ。
 ナランチャやミスタと話す時と同じ、あの顔。
 但し、時々笑っている。
 もっと厳しい顔しろよ、舐められるだろ?


 そんなアバッキオの様子に、フーゴだけは気づいていた。
 いや、気づかされない方がおかしい。
 上にいるミスタやナランチャは仕方がない。それぞれ本と音楽に夢中で、他のことなど目に入っていないのだろうから。
 そこで話し込んでいるブチャラティとジョルノも、多分そこまで目が届いていないのだろう。
 たまたまフーゴは、船内を見て回ったり船に近付く者がいないか気を配っていたので、アバッキオの言動が嫌でも目についてしまった。
「アバッキオ……さっきから一人で何をブツブツ言ってるんです?」
 いい加減鬱陶しくなったので、フーゴはアバッキオの横に立った。
 突然横に現れたフーゴに、アバッキオは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに目を逸らす。
「……何も言ってないぜ」
「言ってないって……貴方、ずっと独り言言ってたでしょう? ガキがどうとかブチャラティがどうとか、ビビるのビビらないのって」
「おまえ、立ち聞きしてたのか? ろくでもねぇな……」
「聞くつもりがなくても聞こえるんですよ、声が大きすぎです」
 そう言われ、アバッキオは舌打ちする。
「大したことじゃねぇ。気にするな」
「そうですか? 貴方のことだから、新人いじめでもするんじゃないかと思ったんですけど」
 もう既にしているようなものだと思ったが、フーゴはあえてそう聞いてみる。
 あんな茶を飲ませようとした時点で、もう立派にいじめだ。
 警官は皆、ああいう洗礼を受けるのだろうか? 
 アバッキオもされたんですか、と聞いてみたいところだ。が、警官時代のことに触れられると、途端に落ち込んで中々浮上しないと知っているので止めておく。
「オレがそんなガキくせぇことするわけねぇだろ」
 また目を逸らされた。図星だ。
 あのお茶の件は、立派に子供じみた悪戯だったとフーゴは感じている。変なところで子供みたいな人だ。
 アバッキオに気づかれないように、そっと左手の様子を窺う。
 実は、聞かなくても大凡の見当はついていた。
 新入りのジョルノが、ずっとブチャラティに張りついて離れない。しかも対等に話をしている。上下関係にうるさいアバッキオはそれが気に食わないのだろう。
 だからフーゴはわざと、二人の姿を遮るような位置に立ってみた。
 どうするのかな?
 アバッキオは、あからさまに「そこ、邪魔だ」という顔をしたが、声には出さない。
 一方で、船首の二人はまだ楽しそうに話し続けている。
 と思ったら、ブチャラティがジョルノの頬を突然抓り上げた。
 意外な行動に出られ、フーゴは一瞬面食らう。
 それでも、アバッキオから見えないようにガードするのは忘れない。
 一々反応されたら、堪ったもんじゃない。


「いじめがしたいんだったら、もっと効果的な方法教えましょうか?」
 今のは見なかったことにしよう。
 フーゴはアバッキオを向き直り、そう提案した。
「どんな方法があるんだ? そもそも、あいつにいじめが通用するのかよ?」
 良かった、乗ってきた。
「とっておきのがありますよ。教えてほしいですか?」
「……何か見返りでも要求する気か?」
 その言い方が気に食わなかったのだろうか。アバッキオは警戒する。
 別にそんなつもりはなかったのだが、面白そうなのでそういうことにしておこう。
「教えてほしいなら素直にそう言ってくださいよ」
「………」
「知りたくないんですか? 僕は構いませんよ、どっちでも」
 実は、いじめには少しだけ興味があった。
 けれど自分の手を汚すのは嫌なので、できればアバッキオに実行してもらいたい。
 そもそもそういうことは、アバッキオの方が向いている。
 年齢差からいっても、外見的にも、性格的にも。
「知りたくないなら、いいんですよ。じゃ、この話はここまでということで……」
 話を打ち切り、船尾の方へ移動しようという素振りを見せた途端。
「待てよ。……聞かせろよ、その、とっておきの方法ってやつ」
「やっぱり知りたかったんですか?」
「早く言え!」
 本当にこの人、からかい甲斐があるな。
 ここで吹き出すとアバッキオを怒らせるので、フーゴはいつも通り、涼しい顔でまたアバッキオに近付いた。


「いいですか? ああいうタイプには、まず……」
「おい、ブチャラティ!」
 声を潜め、話し始めるのとほぼ同時に、上方から無遠慮な大声が降って来た。
 ずっと大人しく本を読んでいたはずのミスタだ。
「いいかげんよーっ、この船どこ向かってるのか教えてくんねーかよーっ」

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