学舎

 久しぶりに舞い戻った故郷。
 まだ一ヶ月も経っていないというのに、何ヶ月も何年も離れていたような、そんな複雑な気分だった。


 深夜、誰もが寝静まった頃になってベッドを抜け出し、一人で学校へ行ってみた。
 寮の部屋はそのままだった。当然だ。そう何日も空けていたわけではないのだから。


 ふと、あの小柄な日本人のことを思い出した。
 彼とはあれきりになってしまったが、多分無事に国に帰ったのだろう。色々と助けてもらったのに、礼も満足にしていなかった。
 今の今まで、そのことを全く思い出さなかったのも不思議だった。だが、今あえてそれを思い出してしまったのも、ジョルノに再び日常が戻ったという証しなのだろうか。
 日常。
 日常とは何だったか。
 学校に行きながら、空港でちょっとしたバイトをして、そして……。
 そして。
 そして。
 しかしもう、学校に通うことはないのかもしれない。
 これからしばらくは、他のどんなことも考えずに、ひたすら組織の立て直しに情熱を傾ける日々を送るのだろうから。
 そう。
 他の何事も考えることなく。


 そうなると、この部屋も引き払わなければならないだろう。
 元から大した物はないが。
 机の前に立ち、使っていた教科書に目を落とす。
 こんなものを見るのも、今日が最後かもしれない。そう思うと少しだけ名残惜しい。
 何か持ち出す物はあっただろうか。
 部屋を見回しても、せいぜい衣類ぐらいしか思いつかない。
 後は無くても構わない物ばかり。
 もう一度部屋を見渡した。
 持って行きたい物。大切にしたい物。手元に残したい物。


 そんな物、この部屋の中にあるはずもなかった。


 ジョルノが欲しているのは、この部屋で寝起きしていた頃の思い出ではなく。


 一度目を伏せ、気持ちを切り替えてから、トランクを取り出した。
 とりあえず衣類を入れることから始めよう。
 そしてまだ余裕があれば、他に何が入るのかを考えて、そして隙間無く詰め込もう。
 満杯になったら蓋を閉め、それを持って部屋を出よう。
 そのうち正式に退学の手続きを取らなければならないが、焦る必要はない。いつでも出せるし、もしかしたら一年後二年後には、学校に通う余裕もできるかもしれない。
 焦って行動する必要は、どこにもない。
 もう、どこにも、そんな必要はない。


 手早く作業を進め、ジョルノは次々と衣服を畳んで詰め込む。
 特に何か選別しているわけではなく、適当に手が触れた物から順番に、無造作に入れて行く。
 本当に欲しい物など、この部屋の何処にもないのだから。
 それでも、そうしなければならないような気がして、だから荷物をまとめていた。
 本当に必要としている物の代わりに、無くても困らないような衣類を詰め込んだトランク。


 手荷物は一つだけ。
 それを持つと、ジョルノは部屋の明かりを消した。


 全てが寝静まった寮の廊下を抜け、最後にもう一度学び舎を振り返る。
 照明一つない校舎は闇の中に溶け込みそうで、ぼやけた輪郭だけを浮かび上がらせていた。
 最後にここで学んだのが、遠い昔のようだった。


 あの日からまだ、そんなに時間は経っていないはずなのに……

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