目覚め
苦学生。
アルバイトで生活費を捻出している。
これまでも、これからも、優秀な学生である自分は、学費を免除される。
友達も沢山いる。
中でも特別親しい友人は今四人いる。
高卒で警官になったけれど、もう一度チャレンジして同じ大学に在籍している男が一人。
後の三人は、隣の部屋や上下階の、年下だけれど近所のよしみで顔を突き合わせている内に、何となく気が合った少年達。
楽しくやっている。
お金は有り余っているわけではないけれど、それなりにまともな生活を送れる程度には、何とかなっているから大丈夫。
大きな嘘。その中に小さくとも真実は紛れ込ませなければ信憑性に欠ける。
混ぜ合わせたその話を、口の中で復唱してみる。
夜明けまで、後四時間。
夜が明けて、朝を迎え、昼になったら、あの人に会う。
約束の日がまた来る。
クリスマスの午後が、またやって来る。
友達の特徴、口癖、性格。これは普段見ている四人がモデルなので、そのままを口にすればいい。楽な方だ。
アルバイトは何をしようか。
学生らしく健全で、安全で、ある程度の金を稼げる業種。
飲食店関係でいいか。
専攻は何だった? 去年、何と言っただろう。
そうだ、法律を勉強しているのだった。
あの人に、法律のことなどわかるはずがないので、「専門用語ばかりで説明してもわからないよ」と誤魔化し、詳しく語らずに済んだ。
これだけ用意して行けば、食事の間の話題には十分だろう。
今日の為に、普段は着ないようなカジュアルな服をわざわざ買った。勿論、金の無い学生らしく、古着を。
靴も、履き潰したスニーカーを入手した。
クリスマスプレゼントも。
本当はもっと良い物を買いたかったのだが、貧乏学生という肩書を持つ以上、安物しか選べない。
明かりも付けず、ベッドに座る。
サイドテーブルには、アバッキオが忘れて行った煙草が載せられたままだ。人の家に遊びに来るのは勝手だが、飲んで管を巻くと、誰の家かを忘れて散らかして行く。もっともそれはアバッキオに限ったことではないが。
算数の教科書を忘れて行って、弛んでいる、と翌朝フーゴに怒鳴られる奴もいる。椅子が四脚しかないことで大騒ぎした奴もいたが、それはすぐに一つ増やすことで解決した。
出来るだけ吸わないようにしているのだが。
滅多に口にしないそれを、ついつい手に取ってしまう。
銜え、火をつける。
深く吸い込むと、癖のある煙が口中に拡がった。あまり好かない味だ。はっきり言ってまずい。
だが今、この部屋に自分好みの煙草がない以上、これで我慢するしかないだろう。
ふと、出掛ける前にしっかり髪を洗わなければならないと気づく。
ぎりぎりの生活をしている学生が吸うにしては、この煙草は上等過ぎる。こんな匂いをさせたままで会うわけにはいかない。
まだ、眠るわけにはいかない。
深夜ではあったが、アルバイトから帰り、それから勉強を始める学生はまだ眠らない時間だ。少し赤い目で行った方が、真面目な学生に見える。
学生に見えなければならない。
他の何者でもなく、ただの学生に。
目を閉じ、そう言い聞かせると、本当に陽気な学生になったような気がした。ただの錯覚だが。
本当にそうだったら、あの人の笑顔にこれほど罪悪感を感じずに済むのに。
あの人の笑顔を、心から受け入れられるのに。
その笑顔を見るだけで、自分も幸せな気分に浸れるだろうに。
膝に何か柔らかい物が落ちた感覚に目を開く。
ああ、煙草の灰か。
ぼんやりしていたら火事になるな。
灰皿を引き寄せ、殆ど吸わない内に短くなってしまったそれを揉み消す。
祈るような気持ちで窓の外に目を遣った。
どうか、今日だけは。
今日だけは、あの人のためにオレを陽気な大学生にしてください。
祈るべき対象などどこにも無い。
無いからこそ、何も無い夜空に願った。
夜明けまで後三時間。
眠りにつく直前、これから見る夢について考えた。
学生。友達に囲まれ、勉強とバイトで毎日毎日忙しく、けれど充実している。
そんな自分の夢が見たい。
目覚めた時、その夢の続きをすんなり演じられるように。
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