ぼくらはさいごのキスをする

 今日になって、自分達が掴む栄光が、すぐ手の届くところまで来ていることが判明した。
 ジェラートと二人、お互いの頬に触れてそれを喜び合った。
 でも、まだ、仲間達には報告しない。
 自分達がどれだけ有能なのか、二人はよく知っている。その仕事はいつだって完璧で、リーダーであるリゾットが小言を言う必要すらなかった。二人が多少まずいことをしでかしても、それは日頃の仕事ぶりと照らし合わせれば帳消しになってしまう。そんな能力を有する二人だからこそ、今回のことも、全ての材料を揃え、何一つ欠けることなくリゾットの前に提示できるまでは隠しておく。
 もうすぐだ。
 ソルベはこれから先のことを考える。
 今以上に麻薬をうまく使えば、もっと儲けられる。その方法を、ソルベは知っている。ボスの寝首を掻いたら、金も麻薬も思うがまま。
 しかしジェラートはそんなことにはあまり興味がないらしい。
 ボスを陥れれば、不遇な仲間達が報われる、と思っている節がある。
 確かにあいつらも自分達と同様、あまりいい扱いはされていないから、まあ皆幸せに暮らせるな、とは思う。九人とも、もっといい生活ができるようになる。それは当然だ。独り占めしようなんて、ソルベは思っていないのだから。
 どこに重点を置くかは個人の問題なのだから、ソルベはあまり気にしないでおこうと思う。ジェラートの言う「仲間達」の中にはちゃんと自分のことも含まれているのだから。それでいい。
 自信はあった。
 リゾットでさえ、自分達のスタンド能力を一目置いている。これだけの能力を、ただ暗殺のためだけに使うのは勿体ないとさえ言わせたのだ。
 ボスがどんな奴だろうと、絶対に勝てる。そう信じている。


 久しぶりに、全員に休暇が与えられた。
 といっても、ただ一日休みになっただけで、特別なことは何もない。暇なだけだ。
 ジェラートと二人、何をして過ごそうかと相談した朝、何も思いつかなくて二人で苦笑した。
 じゃあ今日は、ギャングじゃない振りをして遊ぼうか。
 弁当を持って公園に行って、余所の子供を構ったり、そういうのんびりした一日を過ごしてみよう。
 ボス?
 今日は休みなんだから、少しくらいいいよ。一日や二日遅れたって、構わないよ。
 二人でゆっくり過ごそう。
 どちらからともなく、そんなことを言い出した。
 ところで公園ってどこだ?
 この近くに、そういうのあったか?
 二人で顔を見合わせた。
 普段はそんなこと思いもしなかったので、公園がどこにあるのか咄嗟に思い出せない。
 どこかにはあるはずだが、それがどこなのか。
 きっと日頃、何気なく歩いている先で、必ず目にしていると思う。それは間違いないのだけれど、いざ行こうとするとどこなのかわからない。
 いいさ。
 行ってみれば。
 適当に歩いていれば、きっと見つかる。
 手を繋いで外に出た。


 何か買って行こう。
 良い匂いの漂う店を指差すジェラートに、公園がどこにあるかもわからないのに買ってどうするんだと問い返す。
 探しながら食べればいい。
 そんな答えが返る。
 着いてから食べるための物を買って、食べながら探す。
 それは変だろう、いくらなんでも。
 予定通りに事が進まない方が、それっぽくていい。
 ジェラートが珍しく強くそう主張したので、ソルベは従ってみることにした。
 太陽が眩しくて、こんな天気の良い日に外で過ごすのも悪くないな、とソルベは思った。


 やっと見つけた公園に、子供の姿は残念ながらなかった。幸せそうな恋人達すらいない。
 雰囲気出てないな、ここ。
 何かの映画で観た、あのアットホームな雰囲気を味わいたかったのに、来てみると案外つまらない。
 ソルベは適当にベンチに腰掛け、ジェラートを促した。
 すぐにジェラートも横に座る。
 数分、そうやって過ごした。
 慣れないことをすると疲れるな。
 二人同時に、同じことを口走る。
 繋いだままの手の温もりだけはいつもと同じ。見える景色は、つまらなくて退屈だ。本当は、何がしたかったのか、よくわからなくなった。こんなものが見たかったから、外に出て来たのだろうか。
「眩しいな……」
 本当に、天気だけは良くて。


 足の爪先が、一気に熱くなった。
 自分の身に何が起こっているのか、ソルベはまだはっきりと理解できずにいる。
 身動きの取れない身体では、足がどうなっているのか確かめることができなかったから。


 傍らで、ジェラートが呻いている。
 いや。
 泣いている。
 これから何が起こるのか、ジェラートには見えるのだろう。ソルベ自身にはわからなくとも。
 熱はすぐに、足の甲に来た。
 続いて足首にも。


 上着の中に入れっぱなしになっている携帯の振動が、今日は随分弱く感じられる。
 番号を知っているのは、チームのメンバーだけ。
 誰かが、ソルベを呼んでいるのだ。一人一人の顔を思い浮かべたが、今誰が電話をかけて来ているのかはわからない。
 腕も固定された状態では、電話に出ることなどできない。


 なんてことだ。
 こんな化け物みたいな能力があるのか。
 ソルベとジェラートの二人でも、敵わないなんて。
 そしてついさっき、ついに見た。
 ボスの顔を。その能力を。
 多分、自分は死ぬのだと思う。
 こんなに堂々と姿を見せられたのだ、始末する気でいるに違いない。
 電話はまだ鳴っている。
 もう一時間早ければ、間に合ったかもしれない。
 遅すぎる。
 もう出られない。
 何も残してやれない。
 手掛かり一つ、与えてやれない。


 目だけは動かせる。
 徐々に膝まで上って来た衝撃に、ソルベは今、何をされているのかに漸く気づいた。
 悪趣味な男だ。
 殺すのに、こんなに手間暇を掛けるなんて。とんでもない奴だ。
 どこまでこの熱が上って来たら、自分は死ぬのだろう。
 あと何分後だろう。
 目だけを動かし、ジェラートを見る。
 縛られ、床に転がされたジェラートがこちらを見ている。
 何も言えなくても、言葉にならなくとも、伝わる。


 今日は気持ちよかったな、天気も良くて。
 ガキの頃以来だった。
 たまには外で食うのも悪くないな。
 休みの日ってのは、こういう風に過ごすのが一番かもしれないな。


 交わし合う視線。
 足の付け根に来た新たな熱に、ソルベの視界が歪む。
 もう、そろそろ、か?


 この数年を、いつも手の届く距離で過ごしたジェラートが、最後の最後にこんなに遠い。
 こんなことなら、昼間のうちにキスくらいしておくんだった。


 お互いの目だけが、何かを伝え合う。
 手は届かないけど、同じ部屋の中だ。一緒に行くことに変わりはない。
 交わす視線。
 唇を合わせるより遙かに強く二人は今通じ合っている、と感じ、ソルベは安堵する。


 今日は本当に天気が良くて、こんな休みの過ごし方もあるのだと、ソルベは組織に入って初めて知った。
 そうやって見上げた空を思い浮かべながら、ジェラートを見つめ続ける。

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