あと1センチ
リゾットが一人で仕事に勤しみ、イルーゾォが鏡の中にいた頃。
ジェラートは指先一つ動かせないくらい縛り上げられ、床に転がされていた。
ソルベも同じ状態だったが、自分と少しだけ違うところがあった。
自分達よりも危ない目をした男が、何やら物騒な器具を持ってソルベの足許へと近付いて行く。
そろそろ、開始される時間になったのかもしれない。
二人が殺される時間が、近付いているのかもしれない。
ただソルベを見続けることしかできず、ジェラートは声一つまともに出せないまま唸る。
プロシュートやメローネがそれぞれの愉しみを存分に味わい尽くしている頃。
どれほど身体を捩っても、自由にはならない。
こちらもプロなら相手もそうだ。そう簡単に抜けられるはずがない。
今、ソルベの両足の指に刃先が当てられた。
残酷な奴だ。
そんなとんでもない真似、普通だったら思いつきもしない。
じわじわと、苦しみながら殺される。
確かに自分達はあらゆる犯罪に手を染めたし、組織に入ってからも人を殺し続けて来た。真っ当な死に方なんか、できるわけがない。
それだけのことをして来た二人だったが、それでもこれはあんまりだ。
しかも、ただじっと、ここから見ていることしかできないなんて。
ペッシが一人きりで泣いている頃。
ソルベはその苦痛に、耐えているようだった。
目だけがこちらを向いた。
ずっとずっと、毎日一緒にいたソルベが、今もすぐそばにいる。
すぐに後から行くから。
ホルマジオが感情に身を任せようとしていたその時。
ソルベの血の一滴まで、ジェラートは見逃さない。
あれはどこに流れて行くんだろう。
部屋の中を、縦横無尽に走るあの流れ。
ギアッチョが登録してある番号全てに電話をしたその瞬間。
ジェラートはまた、ソルベを見た。
ソルベもこちらを見ている。
何かを言いたげなその目。
わかる。
わかるよ。
今日は、最高に楽しい一日だった。
その締めくくりがこれなんてのは、ちょっと笑えないけどな。
でも本当に、楽しかったよな。
ちゃんと、伝わるよ。
言わなくたって、全部わかる。
ソルベのことなら、全部わかってる。
流れ出る血の一筋が、ジェラートの方へも向かう。
それを見ながら、ぼんやりと思う。
ああ、ソルベが来た。
動けないソルベが、今自由に遠くへ行ける最後の方法で、こっちに向かってる。
あれに触れたら、ソルベと一緒にどこまでも行けるに違いない。
ジェラートは必死に手足をばたつかせ、その赤黒い流れの先を目指す。
もう少し。
散々暴れた後だったので、力は殆ど出なかった。
それでも、必死になって、ソルベから流れ出たソルベの一部に近付く。
もう少しで届く。
ソルベに触ることができる。
ずっとずっと一緒にいよう。死んでも、一緒に。
あと少し。
あと少しなんだ。
もうすぐ届く所まで来ているのに。
自分はもう動けない。
そしてソルベの流れは、それ以上こちらへ近付こうとしない。
これでは触れない。
永久に触れない。
こんな近くに。すぐ目の前にいるのに。
そう思っていたのに。
途端に、二人の距離がひどく遠く感じられた。
あの流れ。
あのソルベの流れに口吻できたら、この後どんな苦痛が待っていても構わないと。そう思ったのに。
届かない。
ソルベに届かない。
あと一センチ。
あと一センチだけ、動いてくれたら。
そうしたら届きそうな気がするのに。
ソルベはまだこちらを見ている。
まだ、生きている。
わかってるよ。
すぐに行くから。
一緒に、行くから。
目だけしか。
互いを見ることしか。
それしかできないけれど。
きっと一緒に行けるから。
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