やどりぎの下

 承太郎が来てから三日目。
 既に冬休みに入っていた仗助も駆り出され、さくさく進む作業。順調に、クリスマスに間に合いそうだ。
 露伴はといえば、承太郎が外で何をしていようが、もう目を瞑ることにしたので、仕事部屋に籠もって、四週先の原稿に手をつけていた。今週分の仕事はとっくに終わっていたところに、この数日間わざと忙しいふりをし、先へ先へと進ませ過ぎた結果だ。
「しかし……自分の家に帰らなくてもいいのか?」
 クリスマスが近いのだから、自分の家のことも考えるべきだと思う。
「僕には関係の無いことだったな……」
 思い直し、またペンを握る。
 クリスマスなんて、世間が浮かれているだけで、自分には別世界の話だ。


 そうやってしばらく原稿に向かっていた時だった。
「先生、テストしてみたいんだけど、ブレーカーどこ?」
 入る時にはノックくらいしろ。
 苦々しく思いながら、露伴は仗助を振り返る。
 他人に声をかけられてあっさり中断できるくらい、今は集中できていなかった。
「テストだと? もう終わったのか?」
 数時間前に見た時には、まだ半分くらいしか終わっていなかったように思えたのだが。
「まだ半分。でも承太郎さんが、やっぱり電気点けてみないとわかんないって」
「……こんな昼日中に電源を入れてもわからないんじゃないのか?」
「でも承太郎さんの命令っすよ?」
 逆らえないのか、逆らう気がないだけなのか。
 仗助の言も気に障る。
「……キッチンの奥だ」
「サンキュー、後で露伴も見に来いよ」
 聞きたい情報だけ得ると、すぐにまた出て行く。
 しかも扉は開け放したままで。
「開けたものは閉めて行け」
 階段を駆け下りて行く仗助には、もう届かないだろう呟き。
 仕方なく、露伴は立ち上がり、扉の前まで行く。
 廊下から僅かに冷気を感じるのは、おそらく外から入って来た仗助が玄関さえも開け放したままにしているせいだろう。
 でなければ、全ての部屋と廊下にまで暖房を入れているこの家で、そんな冷たい空気など流れるはずもない。
 すぐにそう察し、露伴は溜め息と共に階下に降りる。
 快適な露伴の生活を維持するためには、玄関の扉を閉める必要がある。
 今はまだ屋内に留まっている仗助も、おそらくまた出る時には開けたままで行ってしまうだろうと予測しての行動。


 階段を降りると、ちょうど出て行く仗助と目が合う。
「お、先生も見る?」
「……そのために出て来たんじゃない」
 だからといって、正直に理由を説明するのも嫌だったので、露伴はわざと適当な嘘を吐く。
「コーヒーが飲みたくなったんだ」
「あ、じゃあ、オレと承太郎さんにも一杯くれよ」
 涼しい顔で無遠慮なことを言い出す奴だ。
 舌打ちしそうになる。
「外で飲むつもりか?」
「だってオレ達、あんたの家の為に寝る間も惜しんで働いてるんだぜ? 当たり前じゃん」
 恩着せがましい。
 それともこいつは知らないのか?
 この連日の労働が、露伴の依頼などではなく、承太郎が勝手にやっていることだと。
 むしろこの場合、露伴の方が感謝されたい。
 承太郎の妙な要望を叶えるために、露伴がわざわざ家と庭を提供してやっているのだから。
 だが、それを口に出して言うのも、なんだか今日は面倒だった。
 集中力も散漫になっていると自覚していたが、もしかしたら体調が良くないのかもしれない。
 もっと早く気づくべき事柄だったが、今更それをこの大男二人に言っても、二人はお構いなしに露伴の家の外観を変えるための作業を続けるだろう。
 言うだけ無駄。
 露伴は今度こそしっかりと舌打ちして仗助を睨みつける。
「僕の家の食器を外に出して、壊されたくはない。飲みたかったら、カップくらい家から持って来るんだな」
「オレのこと、とんでもねー乱暴者だとか思ってねぇか?」
「違うのか?」
 他人と会話をするのが億劫だなんて、いったいいつ以来だろう。
 そう思うのなら無視すればいいはずなのだが、どうしても仗助が相手だと、反論せずにいられない。
 そんな負けず嫌いな自分を厄介だと感じつつも、露伴は必死に平時の自分を装う。
「あんた、協調性の欠片もねぇよな、前からそうだったけど」
「貴様らと協調し合って何になる?」
 だんだん、何を言っているのか、わからなくなって来る。
 深く考えることもせず、ただ言葉を無意味に紡ぐ。
 言うべき言葉を忘れ、場に相応しくない言葉しか、今は思い出せない。
 まずい状態だと思う。
 とうとう頭が働かなくなって来た。
「クリスマスが近いんだから、もっとなんかあるだろ?」
 幸い、仗助はまだ気づいてない。
「だから何だ? 僕にはクリスマスだろうがハロウィンだろうが、関わる必要のない行事だ」
「あーあ……これだから、友達の一人もいない男はよー」
 仗助が先程からの露伴の言葉をどう受け取っているのかなんて、そんなことを考える余裕すら、今はもうない。
 早くこの場を切り上げて、二人に気づかれぬように寝室に籠もるのが一番。そのはずなのに、どういうわけか、上手く切り抜けるための言葉が出て来ない。
「貴様は、僕と……友情ごっこが、したいのか? 違うなら……その問題には、口出しするな……」
 次第に、途切れ途切れになる言葉。一息に全て言うことが困難になる。
 さりげなく額に手を当て、伏し目がちになり出した露伴に、さすがの仗助も何かおかしいと気づく。
「なあ? あんた、もしかして具合悪いんじゃねぇの?」
 露伴にしては珍しく、仗助が言う言葉に対し、その都度それにだけついてしか天の邪鬼な返答をしないことにも、今頃になって不審を抱いたのだろう。
「悪くても貴様には関係……」
「ドア開けっ放しで、そんな薄着でいるなよ! 早く布団被って寝ろ!」
 年上の人間に対して、そんな遠慮の無い命令。
 大股に玄関に向かい、開いたままの扉を閉ざす。
 露伴にしてみれば、ドアを開け放していたのは他の誰もなく仗助なのだから、それについて怒るのは絶対に間違いなのだが、なんだかそれをねちねち言う気にもなれず。
「クリスマスまで寝込んでたら洒落にならねぇだろ。ま、あんたはクリスマスでも一人でここにいるんだろうけど、でも病人がいるって知ってて、オレ達無視できねぇよ。皆で楽しくパーティしてても、あんたが気になったら楽しめねぇだろ」
 露伴の心配をしているのか、パーティに集中することの方が重要なのか、どちらかが重視されているのか微妙に判別のつかないことを言い、仗助は露伴を階段へと押し戻す。
「ほら、寝てろ。後はオレと承太郎さんでやっておくから」
 元々仗助と承太郎の二人で勝手にやっていたことなので、それに加わろうというつもりも無ければ、それについての心配もしていない。
 さすがに文句も言えないほど悪化していた露伴は、黙って階段を上り出す。
 正直、頭の中は早く寝室に行くことだけしか考えていなかったので、逆らう余裕は無かった。
「あ、ちょっと待て」
 行けと言ったり、待てと言ったり。
 仕方なく振り返った露伴の前に突き出される、無骨な手。
「何だ?」
 小さな作り物の枝。
「宿り木。部屋の前にも挿しておけよ」
「………」
 普段なら絶対に受け取らない。
 なのに今は、ついそれを手にしてしまう。


 寝室の中で、手にした宿り木をしみじみと見つめる。
 今家の外で行われている作業も、時々ちらりとしか見ていなかったせいだろうか。
 急に、クリスマスが近いのだということを実感する。
 一歩外に出れば、世間はクリスマス一色なのだが、ここのところ、あまり外出していなかったためか、そんな物は芽にしていない。
 それが。
 たった一本の、こんなちゃちな枝ごときで。
「クリスマスか……」
 子供の頃は、それでもそんな行事が待ち遠しかったような。そんな気がする。
 殆ど忘れかけていた、そんな懐かしい気持ちを抱いてしまい、露伴はその枝をそっとチェストの上に載せる。
 少し休んで、体調が戻っていたなら。その後でもし気が向いたなら、これをドアに飾ってもいい。

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