イルミネーション

 基本的に、在宅で仕事をこなす露伴にとって、季節が春になろうが夏になろうが、そんなことはどうでも良いことだ。
 冷暖房は全室に完備、常に快適な温度の中で生活しているので、室内では当然のように季節感を感じさせずに生きる露伴の姿が見られる。
「……一つだけ、気になることがあるんだが。いいか?」
 珍しい客を前に、露伴はその珍しさから、しっかりと接待をしていた。
 最上級の紅茶の葉を惜しげもなく開封し、客が携えて来たケーキを一番見栄えの良い皿に移し、高級ティーセットを並べた。
 但し、応接間の椅子にゆったりと腰掛け、足を組み、肘掛けに片腕をつき、態度だけは変わらず尊大だったが。
 紅茶の香りをまず愉しんでいた客からの、そんな一言を受け、露伴はちらりと相手を一瞥し、促す。
「どうぞ?」
「寒くないのか、その格好」
「……気になるってのは、そんなことなのか?」


 露伴の目から見れば、この客の格好の方が気になる。
 真夏でもロングコートで歩き回っていた男だったが、その頃と全く同じ材質のコート。春物なのか秋物なのか知らないが、夏でも冬でも変わらず着回せるような代物には到底思えない。
 だいたい、室内に入っても絶対に外そうとしないあの帽子にしたって、どう考えても冬物には見えない。
「……我が身をよく省みてから、他人のことに口出しした方がいいと思うがね」
「なるほど」
 承太郎は、露伴の言わんとするところを察し、帽子の下で苦笑する。
 だが、露伴の服装も、けして人のことをどうこう言えるようなものではない。
 真夏にコートを着て歩いていたのは、露伴も同じ。そして、この十二月に、夏と同じように半袖、綣出し。
 いくら部屋着と言っても、夏と同じ扮装でいられて違和感を感じない人間は少ない。
「それで、本当の用件は?」
 服装のことを言い始めるとどっちもどっちで、決着が着かないのは目に見えている。露伴は話を逸らし、自分もテーブルに置いたままになっていたカップに手を伸ばす。
 それを見て、承太郎ももう一口含み、ゆっくりと味わってからカップをソーサーに戻した。
「………」
「………」
 この間が、嫌だ。露伴はそう思う。が、わざわざそれを知らしめても、この男が相手では効果が無いとわかっているので、ただじっと承太郎の動きを見守る。
 多分、この男のことだから、タイミングも段取りも無視して、唐突に話し始めるに決まっている。いつそれが開始されてもいいように、露伴は承太郎の口が開かれるのを待つ。


 更に三十分経過。
 この間、露伴は空いたケーキ皿を下げたり、紅茶を淹れ直したりと、それなりに動き回って時間を潰す。
 だが本当のところ、かなり持て余していた。
 仕事はとっくに終わっているので、時間はそれほど惜しくない。ただ、こうやって意味もなく座っていると、暇なだけで。
「確か……君のライフスタイルは、欧米のそれに近かったな?」
 予想通り、突然話し出した。
「アメリカで日本家屋を建てるような人間に比べれば、近い方だと思うが?」
「それもそうだ」
 厭味が通じていないのか、この男。
 顔色一つ変えない承太郎に、露伴の方が眉を吊り上げる。
「それで?」
 怒鳴り出したいのをなんとか抑え、露伴は先を促す。
 本当は怒鳴るよりも、さっさと本にして、何を考えているのかを手っ取り早く読んでしまいたいところだった。残念ながら、承太郎にはそれをさせる隙が全くないので、実行できずにいる。
「クリスマスには、家に飾り付けたりしないのか?」
 承太郎がどんな物を想定しているのか容易に想像できてしまい、露伴は一瞬絶句する。
 つまり、あれだ。
 家の外壁や庭、至るところに電飾を付けて、毎日のように電力を浪費する、あれ。
 もっとも露伴の経済力ならば、電気代がどれほど嵩もうが、少しも懐は痛まない。そういう面では不可能な話ではない。
 また、装飾に使う道具に関しても、費用は惜しみなく使えるので、この大きな家全体を覆うくらいは楽なものだ。
 が。
 問題は費用ではない。
 誰がそんな面倒な装飾を施すのか、だ。
 あれは基本的には業者を頼んだりせず、自力で全部付けるのが正しいやり方だと思う。
 しかし、露伴が、自ら手間暇掛けてそれを準備する気になど、なるはずもない。
「……してもいいが、僕はそれほど暇人じゃない」
 なんとかそう答えると、承太郎は僅かに顔を上げ、身を乗り出す。
「やってみないか?」
 非常に珍しい、積極的な発言だ。


 侮れない相手だ、とつくづく思う。
 あんな風に控えめに「しないのか?」と尋ねておきながら、その実、露伴が何も準備していないのを予測して、しっかり材料を一揃え持参していた。
 どこから運んで来たのか知らないが、家に横付けされたトラックから運び出されて来る荷物の数々。おそらく、露伴の家の大きさと敷地面積をしっかりと計算に入れて、全体に施せるだけの量を用意していたと見える。
 そして露伴が自分では絶対にやりたがらないと読んでいたかのように、勝手に梯子を上り、テキパキと配線を開始する。
 そんな承太郎を、庭先で下から見上げ、露伴は腕を組みながら問いかける。
「どうして僕の家なんだ? 自分の家や、仗助の家に着ければいいだろう?」
 真冬に外に出ているというのに、露伴はコート一枚羽織らず、部屋に居た時のままの格好。
 寒くなったら、室内に戻ればいい。そういう考えだ。
「知り合いの中では、ここが一番見栄えが良い」
 手を休めず、承太郎が最もらしい答えを返す。
 確かにここは露伴の自慢の家だが。外観が何処よりも良いのは、当たり前のことだが。
 それ以上深く突っ込んでも、承太郎はきっと答えないだろう。
 仕方なく、露伴は別の方向から攻めてみる。
「そもそも、なんで、こんな飾りに興味を持ったんだ?」
 実はこれが一番知りたいところだった。
 承太郎は変わらず、こちらを見ようともせずに答える。
「向こうで偶然、日本の特集をしていた番組を観た」
「……?」
「イルミネーションに繰り出す若者がインタビューを受けていた」
「………」
「それを観ていて、なんとなく思いついた」
「………」
「………」
 承太郎が何も言わないので、露伴も無言になる。
 それきり、どれだけ待っても承太郎の言葉は続かない。
「……それだけか?」
「そうだ」
「………」
 少し、肌寒くなって来たような気がする。
 ここは承太郎に任せて、そろそろ家の中に戻ろう。
「お邪魔しまーす」
 誰かが玄関に立ったらしく、声が聞こえた。
 露伴の一番嫌いな奴の声だ。
「来たようだな」
「……まさかと思うが、あいつを呼んだのか?」
「人手は多い方がいいだろう」
 理屈の上ではそうかもしれないが。
 自分が招いた客ではないのだから、と言い聞かせ、露伴は玄関先の人物をわざと無視し、家の中へと戻る。
 クリスマスまで後五日。
 承太郎と仗助だけで、本当に家中に装飾を施すことが可能なのかどうかは知らないが、露伴はもう、それらは見えないものとして扱うことに決めた。

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