学園祭のメインといえば、此れだぁ!
由花子は消沈していた。
学園祭という行事は、由花子にとっては校内デートの別名だ。
康一と仲の良いところを学校中に見せて回って他の女子生徒を牽制するという大切な日だ。
そのはずが、人の良い康一はクラスメイト達に乗せられ、あれよあれよという間にあらゆる雑用を押しつけられ、当日の空き時間は殆ど無いという。それでも由花子の為になんとか工面して時間を作ったものの、そこにもクラスメイト達の陰謀があったようで、なんと午前中の二時間だけだという。
一方の由花子は、康一の為ならばと午後の一番良い時間帯を空けてあった。
つまり。
康一と二人で校内を一周も二周もする予定が、全て白紙に。
苛ついているところに、訳の分からないにやけた男が言い寄って来たり、ついつい髪を振り乱して暴れたせいで億泰や仗助に叱られたりと、さんざんな目に遭った。
すっかり消沈し、今現在は、自分のクラスでぼんやりとしているところだ。
「あの……山岸さん、交替時間なんだけど……」
「今日はずっとここにいることにしたから」
それはそれで却って迷惑なのだが、由花子は構わずに居座る。
「じゃあ……占いの方、お願いできる?」
「今、そういう気分じゃないの」
占いの館と銘打たれ、それなりに繁盛している教室内を見回したが、カップルばかりが目につく。気分が悪い。
窓際に椅子を一脚運び、窓脇に肘を突いて外をぼんやり眺める。
何もしないのなら、いられても邪魔なだけ。そう言いたいらしいクラスメイトの視線を浴びているのだが、由花子本人は自分の不幸に浸りきっているので、全く感知していない。
しかし、近寄るには剣呑すぎる気配を漂わせていた由花子に、わざわざ近づいて話しかける物好きもいる。
「占ってもらおう」
「悪いけど、他の人にして」
振り返ることなく素っ気なく答えるが、相手は引き下がらない。
「康一くんから伝言を預かっているんだが、それもいらないかな?」
「え?」
康一、という名に反応して顔を上げる。
窓ガラスに映っているのは。
町一番のお金持ちで、町一番性格の悪い漫画家だ。
「……伝言? ちょうだい」
椅子から立ち上がることもなく、手だけ差し出した。
「人に物を頼む態度を知らないのかね?」
「あんたよりは知ってると思うわ」
「まあいい。早く占いたまえ。……そこの君、彼女に道具を渡してやれ」
別のブースで接客中だった由花子のクラスメイトを指差し、露伴は何がなんでも由花子に占わせようとする。
岸辺露伴という人物が占いに興味があるようには見えない。いや、見えない、などという控えめな言い方では済ませられない。どちらかと言えば小馬鹿にしている方だろう。
「邪魔しに来たなら、迷惑だから帰って。康一くんの伝言だけ貰うから」
どう考えてもこの客は冷やかしだ。
そう決めてかかってまず間違いない。なので由花子も適当にあしらう。
「康一くんからの伝言が欲しいなら、僕を怒らせない方が賢明だと思うが?」
「私の方が怒りたいわよ」
今日はさんざんな目に遭って、ただでさえ気分が悪いというのに。
今度は教室内で大暴れしそうだ。
だが、康一からの伝言というのは気になる。
この漫画家は、人は悪いが、由花子をつまらない嘘でからかうことはしない。だからきっと、本当に康一が何かを託したことは間違いない。
「……いいわ。何を占う?」
一週間で使い方と意味を暗記したタロットカードを受け取り、由花子は空いているテーブルへと移る。もっとも、一つだけ空きブースがある理由は、そこが本来この時間由花子が担当する場所だからなのだが。
「なんでも。君の得意な物でいい。どうせ事前に適当に覚えた付け焼き刃の占いだ。当たらないに決まっている」
最初から信用されていないのでは、当たる物も当たらなくなる。だが、確かにこのクラスで行っているのは、学園祭のお遊び程度の企画なのだから、外れたとしても客も文句は言わない。
出し物が決まらずにいた時、占術に詳しい数人の女子生徒が出した案が採用されただけ。その数人にしても、今は交替時間の為に出払っている。彼女たちならばそれなりの占いができるのだろうが、残っているのは素人ばかり。馬鹿にされても仕方のない状況だ。
「変に期待されるよりは楽だけど……」
由花子は慣れない手つきでカードに触れる。
が。この横柄な漫画家が、ただ黙って見ていると思ったら大間違いだ。
「下手だな」
「仕方がないでしょう。初心者なんだから」
カード捌きの手つきが悪い、といきなり指差された。
「貸したまえ。シャッフルってのは、こうするんだ」
言うが早いかカードが奪われる。そして露伴は自分で、まるで自分のカードを扱うかのような鮮やかな手つきでテーブルにスプレッドを展開して行く。
「……タロットの趣味があったの?」
「僕を誰だと思っている?」
問い返されれば、確かにその通りで。
漫画の為ならば何でもする男は、それがどんなに小さな事であっても知識とあらば貪欲に求める。
「何でも知ってるってわけ……」
それにしても。
自分で勝手に占うのなら、由花子は何の為にこうやって真向かいに座っているのだろう。
「それで? 何を占ってるの?」
一人でさくさくと進めて行く露伴の素早い手の動きをなんとなく眺め、由花子はテーブルに頬杖をつく。
「明日の成り行きについて」
「明日?」
由花子はぼんやりと、明日の予定について思い出す。
明日も、康一と一緒に楽しく過ごすつもりだったが、今日のこの調子では、明日も似たり寄ったりかもしれない。
「さて……僕が試したところ、カードは良くも悪くも無さそうだ」
「そうなの?」
テーブルの上を眺めても、クラスメイトによってされた短期集中講座では習わなかったスプレッドの為、何がどうなっているのかよくわからない。
一応、この机の中には、ポケットサイズのタロットの本が収められており、わからなくなったらそれをそっと盗み見るように言われていたが、今は面倒で確かめる気にもなれない。
「君の心がけ次第だろう」
「私? ……誰の明日を占ったの?」
何故露伴の明日の行動に自分が関わるのかわからず、由花子は眉を寄せる。
「カードなんてものは当たらない。だから僕個人からのアドバイスを一言付け加えようか」
テーブルに広げたカードを回収し、また箱に収めた後、露伴は椅子から立ち上がる。
「あまり不機嫌な顔をしていると、康一くんが誘いづらくなる。明日、雨が降らないことを祈るといい。天気予報は曇りだ」
「明日の天気って……?」
天気が関係すること。
明日。
野外。
後夜祭のフォークダンス。
「康一くんからの伝言は、『後夜祭はずっと一緒にいましょうね』だ」
その言葉は耳には入った。
しかし次の一瞬には、由花子の頭の中で、康一二人、闇夜のダンスが一気に展開される。
由花子が呆然としている間に、露伴はさっさと立ち去っていた。
そして。
なぜ露伴がわざわざメッセンジャーの役割などを引き受けたのか、彼らしくないその行動の理由を問うことも忘れた由花子は、その後数十分間、明日の夜を想像して微笑み続けた。
由花子の使うブースが、一番廊下から良く見える位置にあるのは、単純にクラスで一番美人だから客寄せにいいだろうというクラスメイトの陰謀だ。
自分の仕事など綺麗に忘れて優しく微笑む彼女の姿が、傍目にどう映ったのか。
その後若い男性で教室内は溢れかえったが、誰が何を話しかけても肝心の由花子は上の空。それでも由花子のクラスの収益には繋がった。
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