金なしと嘆く奴はおんぶお化けと化す。
大柳賢はそれなりに必死になっていた。
彼が最近やっと仲良くなったサッカーのチームメイト五人と共に高校の学園祭に入ってみたのは、友人達に誘われたからだ。
もし自分一人なら、この敷地内は鬼門も同然なので絶対に足を踏み入れなかったはず。
以前、ここに通うスタンド使いの一人に「赤ん坊はオモチャじゃないんだ」とこってり搾られており、それが頭にあったので。
しかし。
賢とてお祭りは嫌いではない。
一時間も経つ頃には、変な髪型の高校生のことなどすっかりどうでもよくなり、友人達との遊びに熱中していた。
「大柳、もう一回お化け屋敷行こう」
「さっきのすごかったもんな。あのお化けの人、すごく怖かった」
「もう一回行こうよ」
演技とは思えない形相のお化け役がよほど気に入ったのか、友人達は賢の腕をぐいぐい引っ張る。
「いいけど……お腹空いた。何か食べようよ」
賢も、あのお化けは確かに気になるのだけれど、それよりずっと走り回ったせいで、体は空腹を訴えている。
「そうだなー、何か食おうぜ」
「うんうん」
賢の提案で、他の友達も空腹感を覚えたらしい。
「じゃあさあ……」
「あ!」
くるりと身を翻し、行き先を変更しかけたところで、友人の一人が小さな悲鳴を上げた。
「何? 何? どうしたの?」
「お財布……穴空いてる。どうしよう……全部落としちゃった……」
不幸にも、そこで青ざめている少年こそが一番裕福な家庭の子供だった。他の友人達が僅かなお小遣いしか持っていなくとも「足りなかったら僕が出すよ」と胸を張って言い切ってくれたお陰で、誰もが最終的には彼を頼るつもりでいた。
そしてそんな彼の分まで負担できるほど、他の人間は懐に余裕がない。
日頃、怖い漫画家の言いつけを守って、殆どスタンドを見せずに普通の小学生のふりをしている賢の、その子供らしからぬ目が、実に数ヶ月ぶりに輝いたのはその瞬間だった。
都合の良いことに、知り合いが廊下を歩いているのが目に入った時、賢は自分は本当に運が良いとつくづく感じた。
ここで上手く事を運べれば、飲食代やその他の遊興費も浮くし、何より友人達の間で自分の株が上がる。
賢は精一杯、子供らしい無邪気な笑顔を顔に貼り付け、駆け寄った。
「仗助さーん!」
「うわっ」
軽く飛び上がってその背中にのしかかり、しっかりと両手を首に回し、同時に両足は腰に巻き付ける。
「……誰だ、てめぇ……?」
「こんにちは、仗助さん。……じゃああぁぁーんけん!」
挨拶もそこそこに、賢はすかさず右手を握って仗助の顔の前で振り回す。
十中八九、仗助の性格上、条件反射でジャンケンに乗って来る。そう踏んでの先制攻撃だ。
「ホイ!」
案の定、仗助はあっさり付き合ってくれた。
「げっ……!」
良かった、勝った。
まず一勝上げたことで、賢はほっとする。
ここで勝たなければ意味がない。
「お……おまえ、ジャンケン小僧……!」
「やだなあ、仗助さん。大柳賢だってば。名前くらい覚えてよ」
愛らしく見せようと作り笑いを浮かべてはいるが、既に仗助のスタンドの右腕は取り込んでいる。
「何の真似だ?」
「ちょっとお願いがあって。お願い聞いてくれるなら、右手返してあげる」
微笑んで背後から仗助の顔を覗き込み、賢は要求をつきつけた。
友達に良い格好をするために、自分の僅かな小遣いを減らさないために、賢は多少、必死になっていた。
どこか余裕があるのは、先手をうまく打てたから。
この状況で拒めるはずがないので、もう勝ったも同然。
「ねーいいでしょー?」
仗助の背中に張り付いたまま、わざと賢は大きな声を出す。
「なんでオレの背中にくっついてんだ、おまえは?」
「だって仗助さんのあた……。……体大きいから、目立つんだもん」
「……今、頭って言いかけただろ。それより、何考えてんだ?」
人懐こい素振りを見せてはいても、本当は絶対に懐いたりしない子供だということくらい仗助も承知している。怪しまれて当然なので、賢は仗助に睨まれても動揺はしない。
「お願いがあるんだー。ねー、お願いだよ、仗助さん」
「おまえ、こういうの脅しって言うんだぞ?」
右腕を先に攫っておいて、その上で要求を述べる。確かに脅迫だ。
だが、多少卑怯でも、無理なことを頼もうとしているのだから、腕の一本くらい盾にしなければ。
賢はそこで、耳元でこそりと囁いた。
「知り合いの小学生が懐いてるのに、人前で乱暴なことはしないよね、仗助さんは」
「……おい」
「ほら、皆見てるよ? 今日は楽しいお祭りでしょ? 暴力は駄目だよね、雰囲気ぶち壊しだよね。こういう時はさ、子供のお願い聞いておくべきじゃない?」
相変わらず、笑顔のまま。けれど言っている内容はえげつない。
「……おまえ、露伴とこに出入りしてるせいか……あいつに似て来たんじゃねぇの?」
確かに、あの漫画家先生の言動は色々とためになる。言われてみれば、露伴から学んだことは多い。
「そうかもねー。で、さっきの話だけど」
一旦言葉を切り、賢は再び、周囲に聞こえるように声高に叫び出す。
「ねー仗助さーん! 僕の友達がお金落としちゃったんだよー! 大切に溜めてたお小遣いで、折角楽しく遊ぼうとしてたのにだよー?」
「あ?」
「僕達お腹空いちゃった! ねーねー仗助さーん、お腹空いたよー!」
背中に小学生を貼り付けた仗助を、同じ制服を着た生徒達が取り囲んでいる。
賢の言ったとおり、微笑ましい光景と認識しているらしい。
「ねーねー、ねーってばー……」
背中に乗ったまま、前後に体を大きく揺らす。
と、仗助は、少しだけ不機嫌そうに舌打ちしたが、すぐに何か思いついたらしくにやりと笑った。
「わかったよ……奢ってやればいいんだろ? 友達連れて来い」
「本当? ありがとう、仗助さん。……みんなー、このお兄さんが食べさせてくれるって! お金の心配いらないよ!」
仗助の背中から降りずに、賢は後ろを振り返って友人を呼び寄せた。
「なあ、いい加減降りろよ」
「仗助さんが逃げたら困るから、このまま」
「じゃあ、右手戻せ」
「それも、ちゃんと食べさせてくれるまで人質」
友人達を引き連れ、賢は上機嫌で仗助の背中に更にぴたりと張り付いた。
仗助が向かったのは、康一のクラス。
「康一、いるか?」
背中に小学生を背負った仗助を見て、康一のクラスメイトは一瞬目を瞠るが、仲が良さそうに見えるので、すぐに「いらっしゃい東方くん」と立ち直る。
「仗助くん……なんで賢くんをおんぶ?」
「いろいろあってよー……それより、こいつらに何か食わせてやって」
妙な格好で入って来た二人に、康一もさすがに首を傾げたが、ぞろぞろと入って来た小学生を見て、すぐに中へ案内する。
「さっき三年の教室の前で露伴見たんだよ。だから、こいつらが食った分は、後で露伴の野郎にツケておいてくれ」
椅子に座るために賢を降ろそうとしたのだが、まだ支払いをしてもらっていないことで万が一の危険を考えた賢は、仗助の制服の背中をぎっちりと握って離れようとしない。
仕方がないので、康一と賢に説明するためにそう告げたのだが。
康一は笑顔で首を振った。
「露伴先生ならさっき来たよ。でもね、やっぱり金額分全部食べて行くのは無理だったから、知り合いの誰かが来たらその人に回してくれ、って」
「……なんか、意味わかんねぇんだけど。最初から説明してくれよ」
「だから……この子達の分も仗助くんの分も、もう先に露伴先生からお金は貰ってるってことだよ」
それを聞き、賢はやっと仗助の背中から飛び降りて、友達と一緒に椅子に座った。
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