他校の制服が混じってじゅるり。

 噴上裕也は疲弊していた。
 何故今、こんなことになっているのかを考え、また溜息が出る。
 二日前の午後、授業をサボってアケミ達と駅前を歩いたりしなければ、こんなことにはならなかったのに。
 いつも通り、女の子三人を引き連れて歩いていた時。アケミが偶然見つけてしまったポスター。
「裕ちゃん、あれ! 仗助達のガッコだよ! へー学祭かあ……」
 パチンコでも行けばいいものを、何を思ったか三人は、「行きたい! 行こうよ裕ちゃん」と口を揃えて噴上に訴えて来た。
 自分の学校には滅多に顔を出さない癖に、何故他校には行きたがるのか。
 それは噴上自身にも言えたことだった。
 自分でもよくわからないが、「いいぜ」と言ってしまっていた。
 そして今。
 二日前のそんな自分が恨めしい。


「だいたい学祭なんてのは、どこだって似たようなもんなんだよな……」
 珍しい物などあるわけがない。
 人で溢れる廊下を歩きながら、噴上はぼそりと呟いた。
「え? 何、裕ちゃん?」
「いや……なあ、ちょっと休憩しようぜ」
「さっき休んだばっかりなのにぃ?」
 言われてみればその通りだ。
 その通りなのだが、こうやって廊下を練り歩くよりは、どこかに入って落ち着いていた方がまだましな気がする。
 何故なら。
「あのぉ……写真撮ってもらえます?」
 また来た。
 女三人連れているというのに、また来た。
 アケミ達がすかさず睨みを利かすが、全く効果はない。
「良かったら、一緒に撮りません?」
 なんなんだ、この高校は。
 一メートル進むたびに、違う女の子が寄って来る。
 皆ここの制服を着ている女の子。
 学祭は、見目の良い他校生を積極的にナンパする日なのだろうか。
 確かにこの学校の男連中は、ろくな顔をした奴がいない。以前からそう思っていたし、今日内部に入って少し歩いた結果、やはりその認識に間違いは無かった。
 学校内にいい男がいないのはわかるが、だからといって、これは幾らなんでもあからさますぎだ。
 ましてや自分は、こうやって三人も連れ歩いている。これ以上女を増やす余裕があるように見えるのだろうか。
 それとも、最初から複数連れ歩いているのが悪いのか。女が一人しかいない場合なら、その男のキャパは一人分だと判断されるだろうが、こうやって三人も連れていれば、更にもう二、三人は行けると踏んで寄って来るのか。
 日頃から声を掛けられるのには慣れているつもりだったが、今日はいつもよりもひどい。
 なんだか疲れる。
 歩いているだけなのに、疲れる。
 至る所から視線を感じる。
 全て女の視線だ。それも、舌なめずりしてチャンスを窺う肉食獣並の視線だ。
「……どれだけ男に飢えてんだよ、ここの女は」
 そういえば、と思い出すことが一つ。
 あの仗助は、学校内では人気が高いと聞いたことがある。あの程度の顔でどうしてなのかと常々思っていたが、今日やっと納得できた。
 こんな砂漠のような学校ならば、仗助のような十人並みの男でももてるはずだ。
「確かにオレは美しいけどよー……」
 自分の美貌が女を引き寄せるのは良いことだ。だが、噴上の目指す所と少し反応が違うというのが気に食わない。
 本来噴上が理想として描いているのは、『ちょっと近寄りがたい美貌の持ち主』というやつだ。
 こんなに簡単に声を掛けられるような安っぽい色男ではない。
 そのことが、余計に噴上を疲れさせる。
 元来、女性に冷たくできない質の噴上は、声を掛けられるたびに、写真を撮り、誘いは丁重に断り、一メートル進むのに何分も要することになった。


 そうして。
 他校の女子生徒に囲まれていた噴上の姿は、遠目にも大変目立っていたようで。
 知り合いにもあっさり見つけられてしまう。
「………」
「………」
 なんでこんな所で。そんなことを思い硬直した噴上を、相手も遠慮無くじろじろ見つめて来る。
「こ……こんにちは……」
 とりあえず、相手は年上だから挨拶だけはした方がいい。そういった細かい部分にうるさいという情報は得ているので、刺激しないよう無難な言葉をかけてみる。
「………センセも、来てたんだ?」
 返事がない。けれど、沈黙はもっと怖い。
 それに何より、一カ所に立ち止まっていると、また女の子が寄って来る。黙っていると話しかけられる隙を作ることになるので、少なくともこの相手と話しているふりをしていた方がいい。
「………」
「………」
 何故か無言のまま、噴上と取り巻きの女の子を眺める岸辺露伴。
 何を考えているのかさっぱり掴めないので、噴上も対処法がわからない。
「あ、あの……」
 挨拶はしたのだから、立ち去っても問題ない。問題ない、はずだ。
 適当に「さよなら」とでも言って歩き出そうとしたその時。
「この際、貴様でもいいか」
「何が……?」
 さも嫌そうに呟かれたその言葉に、こちらもなんだか悪い予感がする。
「康一くんのクラスには、もう顔を出したかね?」
「康一? まだだけど?」
 しまった。
 さっき行って来た、と嘘をつくべきだったか。
 つい普通に答えてしまったが、今更後悔しても遅い。
「そうか。康一くんからチケットを買ったんだが……十人分はある。余らせると悪いから、貴様も来い」
「チケット?」
 目にも止まらぬ素晴らしい早さで露伴の手が翻されると、そこには分厚い紙の束が現れる。
 多分、ポケットか鞄から取り出したのだろうが、マジシャン顔負けの手さばきだ。
 そんなどうでもいい部分に気を取られて、断るタイミングを完全に逃した。
 何処かに入って休憩したいとずっと願っていたのだし、どのみち女の子の猛攻撃を避けられるのなら、悪くもないかもしれない。
「何をしている? 僕の奢りだと言っているのに断るつもりか? 早く着いて来たまえ」
 さっさと歩き出した露伴が、険しい視線を向けている。
 断ったら、何をされるかわからない。
 選択権など最初から無かったのだと悟り、噴上は三人を促し後に続いた。


 噴上裕也は、完全に疲労困憊していた。
 何故、こんな他校の学園祭などに来てしまったのか。考えれば考える程、二日前の自分が許せなくなりそうだ。
 今、何故か目の前には横柄な漫画家。
 取り巻きの三人も勿論一緒にいるが、岸辺露伴が一人いるだけで、なんだか空気がおかしい。
 同じテーブルに着いているだけで息が詰まりそうだ。
 露伴が持っていたチケットを全て処理するまで、あと何品食べればいいのだろう。
 何故こんなことになってしまったのだろう。
「……だから学校行事は嫌いなんだ」
「何か言った、裕ちゃん?」
 三人は、タダで飲み食いしているので機嫌が良い。
 さっきまでは、噴上がナンパされ続けているので多少不機嫌だったのだが。
 三人が楽しんでいるのならば、仕方がない。自分は我慢しなくては。
「いや。……結構うまいよな、これ」
 無理に笑顔を作った噴上に、アケミが最後の追い打ちを掛ける。
「明日も来ようね、裕ちゃん」
 今度は、笑顔など浮かべられなかった。

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