お化け屋敷に響くお化けの悲鳴!?

 間田は震えていた。
 歯の根が噛み合わないほど、竦み上がっていた。
 今年の学園祭、間田のクラスがお化け屋敷に決定した時は、定番と言えば定番のそれに、あまり面白みは感じなかった。
 面倒ならば、準備段階から姿をくらまして、当日は適当に抜け出せばいい。そう安易に考えていた。
 ところが、いつの間にか、お化け役の一つが振り分けられていた。
 衣装合わせなどをあれよあれよという間に勝手に進められ、逃げられないよう当日は早朝からクラスメイトが家まで迎えに来る始末。
 それでも仕方がないと諦めて、真っ暗な教室の、迷路のように仕切られた中に佇んで出番を待っている今。
 どういうわけか、急に手足が震え始めた。
 緊張などするような柄ではないし、暗所恐怖症というわけでもない。
 どうしてこんなに体が震えるのか、その理由が全くわからない。
 わからないのだけれど、どうしても治まらない。


 スタンバイ直前、飲み物は極力取らないようにと制限されていた間田は、クラスメイトの目を盗んで、校舎の端の自動販売機でコーラを一本勝った。
 そこでぐいぐい飲んでいると、通りかかった億泰に、自分のそのお化けの扮装を思い切り見られてしまった。
「わ……笑える……」
 口に出す前から、既に顔が歪んでいた。
「こんなのが出て来ても、ちっとも怖くねーなあ……」
 ストレートの長髪。それが災いした。
 何故か間田のクラスには、間田以上に美しい直毛の持ち主がいなかった。カツラを使えばいいのだろうが、そこは予算を切り詰めるため、自前の髪で行くことになったらしい。
 間田は、髪を女子生徒の手で丁寧にセットし直され、白の死装束を纏い、青白く見せるメイクを施されてそこにいた。
 窓から明るい光の入る廊下では、そんな姿は確かに道化でしかない。
「後から仗助連れて行くけどよー……」
 余程この姿が気に入ったのか、億泰は間田の周りを何度も何度も回り、見直すたびに吹き出した。
「マジ、笑える……」
 さすがにここまで笑われると、いい加減不快だ。
 後で来ようものなら、その時絶対腰を抜かすくらい驚かせてやる。そう誓った。
 間が悪いというか、何故か億泰だけでなく、康一にも、どういうわけか公開時刻よりも早く内部に入り込んでいた露伴にも見られてしまったが、彼等の反応は億泰ほどひどくはなかった。
 億泰にだけ馬鹿にされたのが頭に残ってしまい、逃亡の心配をして校内を駆け回ったクラスメイトによって連れ戻されるまで、間田はコーラの缶を握りしめて立ち尽くしていた。


 仕切りの向こうにいるクラスメイトの息遣いだけが聞こえる現在。
 廊下には人が増えて来たのか、遠くに話し声や笑い声。
 そろそろ誰か入って来てもいい頃合い。
 けれど間田は、相変わらず変な動悸が治まらずにいる。
 原因不明。
 落ち着こうと、深呼吸を何度かしてみる。
 しかし焦れば焦るほど、余計に寒気がする。
 更には、薄い板と黒い布で仕切られた向こうにいるクラスメイトが少し身動きしただけでも、こちらはびくびくしてしまう。
 つい数分前、そこにいる男とは「頑張ろうぜ」と笑い合ったばかり。日頃からよく知っている相手なのに、何故か落ち着かない。
 もしかしたら、知らない間にクラスメイトではなく、見知らぬ人間が入り込んでいたのではないか。そんな風に思えてしまうほど、彼の動きが気になる。
 少し離れた所では、効果音担当の奴が音量を抑えて何度も再生を繰り返して機器にチェックをしている。音が小さいので、なんだか余計に不気味だ。
 本当に個人のラジカセから出ている音なのか、テープの再生音にしてはおかしな雑音が聞こえる。
 間田がもう少し冷静になれば、『ノイズ混じりの方が雰囲気があって怖いんじゃないか』という自分のアイディアが採用されていたことを思い出せるのだろうが、今はそんな単純なことすら頭に浮かばない。
 そして、隣の男の息遣いが荒いのも怖い。
 確か隣にいるのは、『殺人鬼』という設定で、血糊をつけた模造刀を構えて待っているはず。
 けれど荒い息遣いが、本物の変質者のように思えてならない。
 もしかしたら数分後には、この仕切りをぶち破って間田に襲いかかるかもしれない。
 考え始めると切りがない。
 あと何時間もここにいなければならないというのに、五分も持ちこたえられないかもしれない。
 おかしい。自分は恐がりではないはずなのに。おかしい。絶対におかしい。


 不可思議なことは、そこから始まった。
 誰かが教室の扉を潜った。
 最初の客が入って来た音だ、とわかり、間田は自分に「落ち着け」と言い聞かせる。
 まず足首を引っ張る手が行く手を遮り、上から小道具が突然落ちて、そして人間の扮するお化けの順番。その二番目が間田。
 女の子が「きゃっ」と言ったのが聞こえた。
 もうすぐ、間田の前に差し掛かる。
 もうすぐ。
 もうすぐ。
 間田は目をぎゅっと閉じ、タイミングを見計らう。
 今、隣の殺人鬼が動いた。
 出番だ。
 間田は勢いよく立ち上がり、背を向けていた客に顔を向ける。
 と。
 その瞬間だけ、間田専属の照明担当が赤い光を薄く当てる。その光に浮かび上がったのは。
「……ぅぎゃああああぁあぁぁああぁ!」


 その凄まじい悲鳴は、廊下にまで響いた。
 しかし外で聞いていた人間は、お化け役の生徒の悲鳴だとは思わない。
 間田の叫びとその必死の形相に、客はびくりとして腰を抜かしてしまっていた。
 が、硬直しているのは、間田も一緒。
「……スタンド? ……霊?」
 客の背後に、そこらのスタンドなどお呼びでないくらいの恐ろしい外見のモノが見えた。
 しかもそれが、間田に攻撃を仕掛けるかのように迫って来た。
 ただし、一瞬だけ。悲鳴を上げたと同時に、その姿は見えなくなっていた。
 気のせいか?
 いや、気のせいかもしれない。
 あまり怖い怖いと思うから、そんなものが見えるのだ。
 間田は今にも逃げ出したいのを堪え、そう言い聞かせた。
 何しろ、億泰に泡を吹かせるまで、ここから逃げ出すわけにはいかない。
 これ以上馬鹿にされるのだけは、絶対に避けたい。
 億泰と仗助が来るまで、絶対にここで頑張らなければ。
 しかし。
 それでも震えは止まらず、客が来るたびに、変なモノが見える。
 もう声も枯れて来た。
 恐ろしいことに、妙なモノは見るたびごとにどんどん凄まじさを増している。
「億泰が来るまで……億泰が来るまで……」
 変な呪文を唱えるように呟く間田の姿もまた、客を怯えさせていた。


 休憩時間に、ふらりとお化け屋敷の前を通りかかった仗助は、丁度中から聞こえて来た悲鳴に足を止めた。
「間田のクラス……だよな、ここ?」
 なのに、何故か聞こえる声は、間田のものだ。
「……サクラ? でもさっき億泰がお化け役だって言ってたよなー……」
 しかもかなり本気の悲鳴に聞こえる。
 まさか内部で、新手のスタンド使いにでも襲われているのか。
 多少心配になり、様子に見に入ろうかと思った矢先。
「邪魔するなよ、仗助」
「露伴?」
 いつからそこにいたのかわからないが、露伴が仗助の行動を制する。
「間田のつまらん扮装だけでは臨場感に欠けると思って、少し付け足しておいた」
「あんた……また勝手に人に何か命令書いたのかよ……?」
「命令じゃあない。ちょっとだけ幻覚を見たり、ちょっとだけ被害妄想に駆られる程度だ」
「……真っ暗なお化け屋敷の中で、幻覚?」
 それは悲鳴も出るかもしれない。
「でも行列が出来てるじゃないか。あいつの真に迫った悲鳴のお陰で」
「それもそうか」
 危険がないのなら、放っておくに限る。
 どうせ間田だ。
「ところであんた、ここで何……って、いねぇよ、露伴……」
 納得した仗助が振り返った時、もう既に岸辺露伴の姿は人混みの中へ消えていた。
 その日、お化け屋敷からは、絶え間なく断末魔の悲鳴が響き、それに呼応するように客足も伸びた。

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