行くぞ、小規模食い倒れの旅ー!

 億泰は妙に忙しかった。
 ふらりと廊下を歩いている時に貰ったビラに心惹かれて裏庭へ行ったところまでは良かった。
 その後ちょっとしたトラブルが発生した為、学校内を駆け回ることになったが、講堂でライブを聴いた辺りから気が抜けた。
 後は気楽に学園祭を満喫しようかと再び廊下に出たところで、知り合いと目が合った。
「あ!」
 人に向かって指を差してはいけません。
 子供の頃に教えられていたはずだが、現在の億泰はそんなことなど忘れ去って久しい。
 人差し指を突きつけられた方は、途端に嫌な顔をする。
「……無礼だな」
「先生、いいとこで会った! 探してたんだ、さっきまで!」
 両腕を軽く組んで廊下の真ん中に立つ岸辺露伴は、その妙な言い回しに眉を寄せる。
「さっきまで……つまり今は僕に用はないんだな?」
「あるあるある!」
「そうかね。悪いが僕はもう帰る。残念だったな」
 最初から億泰の言うことに全く興味を抱いていない露伴は、あっさり背を向けた。
「待った! 康一の為に頼む!」
 遠ざかろうとする露伴との距離を、スタンドによってゼロにする。
 引き寄せられた露伴は、ますます眉間の皺を深くし、億泰を睨み付ける。
「……今のは少し痛かったぞ」
 あまり考えずに空間を削り取ったので、露伴は勢い余って億泰と激突していた。だがそんなことは億泰にとっては些細なことだ。露伴を逃がさぬよう、しっかりとその腕を掴む。
「ちょっと記憶消して欲しい奴がいるんだけどよー」
「僕が他人の為に働くわけがないだろう。手を離せ」
「そこをなんとか!」
 必死になって縋り付く。
 さすがに他人の目が気になるのか、露伴は周囲をちらりと見た後、溜息をついた。
「で? 僕に見返りは?」
「見返り?」
「取引の基本だろう? 僕を働かせておいて、報酬はありませんなんて通用しないぜ?」
 もっともだ。
 だが露伴の納得するような礼など、用意できないのもまた事実。
「……えーと……うちの親父の記憶でも見る?」
 適当に言ってみたが、露伴の反応は良くない。
「あんなもの、一度見れば十分だ。第一、まともな記憶が残っていないから、本の内容も普通の人間よりかなり薄い。意味不明なあんな本、見る価値もないね」
「……あんた、いつ親父の記憶なんて見たんだ」
 侮れない。
「じゃ、じゃあ……トニオさんの店のディナー招待券は?」
 先日、タダで貰った物がまだ手元にある。それでどうだろう?
「そんなもの、僕だって持っている。トニオ・トラサルディーは知り合い全員にチケットをばらまいているんだからな」
「あ、そうなんだ……」
「話にならないな」
 このままでは露伴に逃げられる。
 億泰は他に何かないかと必死に考える。
「じゃあ、じゃあ……」
「無いんだろう? 無理に思い出そうとしても無駄だよ」
 小馬鹿にしたような溜息を吐かれても、事実そうなのだからぐうの音も出ない。
「僕にも都合ってものがあるんだ。いい加減離してもらいたいね」
「あ、そうだ」
 ぽん、と一つ手を叩き、億泰は名案を思いついたと言いたげな顔を見せる。
「なんだ?」
「仗助を一発殴ってもいい、ってのは?」
「……貴様は友人を何だと思っているんだ?」
 そう言いつつ、露伴の目は笑っていた。


 どうにか折り合いがつき、露伴への相談も無事解決を見、「どうして僕がわざわざそこまで出向かなければならないんだ」と文句の多い彼を引っ張って用を済ませた後。
「あれ?」
 何かおかしいな、と気づいたのは露伴を帰してからだ。
「腹減ったかも……」
 朝食はしっかり食べた。
 昼もそれなりに食べた。
 なのに。
 何故か、空腹感。
「おっかしいなー……」
 首を傾げた後、自分でも無意識に制服のポケットに手を入れていた。
「あれ? 何だっけ、これ」
 何も入れた覚えがないのに、何かが入っている。
 取り出すと、それは丁寧に四つに畳まれた紙。
「ん?」
 学園祭の何かのイベントを書いたビラ。
「……『食い倒れぶどうヶ丘』? ……『六軒全てで全メニュー制覇すると、サンジェルマンの商品券プレゼント』?」
 いつこんな紙をポケットに入れたのか。
 何処でこれを貰ったのか。
 全く覚えがない。
 覚えがないが、今はそんなことはどうでもいい。
「腹減ってるし……どうせ時間余ってるし……」
 再びポケットに紙を入れ、億泰は参加することに決めた。


 露伴ほどではないにしても、金銭的に不自由の無い億泰にとって、全軒制覇はさほど苦ではない。
 一番の問題はそれだけ食べられるかどうかだが、不思議なことに、何故か今日は食べても食べても満腹にならない。
 二軒目として入ったのは、康一のクラス。
「よっ、全部持って来て」
 座るなりそんな無茶なことを平然と言い放つと、ウェイターの康一が目を見開いた。
「億泰くん……本気?」
「何か、腹減ってさあ……。露伴と話してる時は全然だったのに、急に変だよなー」
 変だと言いつつ、それほど拘っていない億泰は、早く持って来いと促す。
「それって……ね、ねぇ、何か露伴先生を怒らせるようなこと、した?」
 露伴と別れてからだと聞けば、誰もが想像することを康一も尋ねる。
「別に? ちょっと頼み事しただけだぜ?」
「……それが悪いんじゃないの?」
 康一は声を潜めたが、億泰はあっさり否定する。
「まさか。だってやってくれたぜ?」
「無理にやらせたんじゃないの……?」
 確かに無理を通したと言えばその通りだが、露伴も交換条件を飲んだのだから、問題はないはずだ。
「でもおかしいんだよなー……オレ、どこでこれ貰ったんだろ?」
 再びポケットから紙を取り出し、しげしげと眺める。
 多分、廊下を歩いている時に貰ったのだと思うが。全く思い出せない。
「ま、いいや。早く持って来てくれよ」
「う、うん……」
 空腹だと言うのだから、言われた通りにするしかない。康一はゆっくりと奥へオーダーを通す。
 テーブルに頬杖をつき、注文した品が出て来るのを待つ億泰。その姿をちらりと見遣った康一が小さく呟いた一言は、空腹を満たすことで頭が一杯の億泰には、残念ながら届かなかった。


「あれって……さっき露伴先生が持ってた紙だよ……」
 絶対に露伴に何かされたに違いないと康一は確信していたが、それを教えても億泰の身に起こっていることは解決しないと思われた。なので、康一は黙って料理を億泰の元へと運んだ。

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