中央舞台ではライブの音が響く。

 東方仗助は顔を顰めた。
 というのも、自分のクラスの模擬店で子供の相手をしていたら「不良だ」と指を差され、保護者らしき女性に睨まれたことで、クラスメイトが慌てて「東方、ちょっとその辺見て来いよ」と追い払われ、一人ふらふらと廊下を歩き回る羽目になった。
 そのために、学校内で見るはずのない知己の顔を幾つか見かけてしまった。
 そしてこれだけの人でごったがえしているというのに、何故か億泰にはしっかり見つかって、何故か変なことに巻き込まれた。
「仗助、露伴先生見なかったか?」
 一度見かけたが、一度きりだ。
 だが億泰はそれで納得してくれず、とにかく探せと真剣な表情で迫り、「おまえは講堂を見て来てくれ」と指示された。
 言うだけ言って、億泰はまた人波にさらわれて消えて行く。
「……なんで露伴を探すんだよ?」
 その理由を、億泰は説明し忘れていた。


 講堂では何をやっていたんだったか。
 仗助は興味が薄かったため、プログラム内容を把握していなかった。とりあえず開けて入ってみれば、有志のバンドによるライブが行われていた。
 まだ始まったばかりだというのに、満員。
 そして何故か、一人二人と席を立つ人間が出ている。
「こんなとこに露伴がいるのかよ?」
 露伴の音楽の趣味を知らない仗助は、いないと言い切ることもできない。もしかしたらロック好きかもしれないし、毛嫌いしているかもしれない。
 日頃見ている岸辺露伴という人間を思い浮かべるが、どちらなのか想像がつかない。
「音楽の話なんかしねぇからなー……」
 仕方がない。
 薄暗い講堂を横切って、一人一人顔を確かめる以外なさそうだ。
 いまいち盛り上がりに欠ける客席をゆっくり邪魔にならないように進むが、いかんせん仗助の体格ではそれは最初から無理な相談だ。
 が、盛り上がっていないだけあって、ステージに集中している客も少ないので、さほど嫌な顔はされずに済む。
「今年のライブ、いつものあの人じゃないんだ……」
「ああ、あの人ね。窃盗で捕まったらしいから」
 という会話で、例年ステージを盛り上げる地元のアマチュアミュージシャンがいないがために客が帰って行くのだということを知る。
 仗助にとってはあまり関係の無いことなので、聞き流していたが。


 会場を半周したところで、後ろから声を掛けられた。
「仗助! 先生は!」
 会場内は声を張り上げなければ話も出来ない。億泰が耳元に口を寄せる。
「まだ見つからねぇのか!」
「ここにはいねぇよ!」
「ちゃんと見たのか!」
「こんなとこにいるわけねぇだろ!」
「いるかもしれねーじゃん!」
 互いに互いの耳に向かって怒鳴る。
「だいたいなんで、露伴探すんだよ!」
「先生じゃなきゃそういうのできねーからだろ!」
「その『そういうの』って何だよ! 『そういうの』って!」
 間違いなく、億泰は言ったつもりでいるのだ。
 話が噛み合っていないことに気づいていない億泰は、それでも話しながらきょろきょろと周囲を見回し続ける。
 が。
 仗助の反応に、一瞬詰まる。
「さっき言った……あれ? 言ったよな? あれ?」
「何も聞いてねぇぞ! ただ露伴探せって言っただけだ!」
 しばし考え込み、先程の会話を思い出そうと頭を叩く。
 そして、やっと合点が行ったらしく苦笑する。
「悪い、言ってなかった!」
 また仗助の耳元に口を近づけ、叫ぶ。
「由花子が髪の毛使って、自分のクラスの奴をぶっ飛ばしたんだよ! 無茶苦茶頭に来てたから!」
 それがどうしたと思う。
「髪の毛が動くの見たから、そいつ由花子のこと化け物扱いだ!」
 いや、仗助の目から見ても、由花子はある意味怪物だ。
「だから露伴にそいつの記憶消してもらうんだよ!」
「……別にいいじゃねぇか。由花子の髪の毛くらい」
「消すんだよ! 何がなんでも!」
 力説されても、その論拠が不明だ。
 仮にそれについて聞き返しても、億泰では簡潔に説明できないと思われる。なので仗助は聞かないが、それでも「だから露伴が必要だ!」と言われても納得できない。
 露伴でなくても、と思う。しかし他に名案があるかと言われれば、多分無い。
「あいつに借りなんか作ったら、一年はネチネチやられるぞ!」
「仕方ねぇじゃん!」
 ちっとも仕方なくなんかない。
 そうなった場合、被害は十中八九仗助が全て被ることになるのだから。
 その原因は、一番嫌われるような言動を取っているからなのだが、露伴も仗助に対し友好的態度を取ってくれないのだから一概に仗助だけが悪いわけではない。
「……ったく。康一はどうしたんだよ!」
 由花子に絡む問題が起こったのなら、康一が真っ先に何か動いているはずだ。彼も露伴を捜しているのだろうか。
「康一は教室に戻った!」
「戻ったって……じゃあさっきはいたのかよ?」
「由花子が暴れる前に戻った! だから知らねーと思う!」
 億泰の言葉の足りない説明では、状況が全く把握できない。
「呼び戻せよ!」
「駄目だ! なんか大事な客が来たとかって、クラスの奴がわざわざ呼びに来るくらいだから!」
 その一言で、仗助はぴんと来た。
「おい……康一に会いに来るような客って、そいつが露伴なんじゃねぇの……?」
 多分、間違っていないと思う。
 あの横柄な男なら、その場にいない康一を呼びに行かせるくらいのことはしそうだ。
「絶対、それが露伴だろ……?」
「そっか。じゃあ、康一のとこに行けば先生も捕まるんだ!」
 露伴が本当にそこにいるかどうか確証などないというのに、もう所在を掴んだ気になった億泰は、安堵の息を吐く。
「おまえなぁ……さっさと行こうぜ」
 歓声とベース音が入り混ざったこの空間で、いつまでも声を張り上げる会話を続けるのも疲れる。
 仗助は億泰の肩を掴み、一歩後ろへ下がった。
 しかし。
 何故か、億泰は動かない。
「億泰?」
「露伴がそこにいるんだったら、もう少しここにいようぜ!」
 いると決まったわけではない。
「なんかよー、ちらっと聞いたんだけど、このライブって、毎年すげぇ上手い奴が来て盛り上がるんだってよー。セミプロっつぅの? なんだっけ……オトなんとかって人だって。聴いて行こうぜ!」
 仗助は呑気にステージを眺める億泰の横顔を張り飛ばしたくなる。
「本当のところ、由花子とどっちが大事なんだよ、おまえは……」
 独り言のような呟きは、当然億泰の耳には届いていない。
 しかも想像力が足りない。
 その噂のミュージシャンというのは、二人がよく知っている男で、今は刑務所暮らしの為に今年の学園祭には参加していない。
 それくらいのこと、この数分又聞きしただけの仗助にだってわかる。
「まあ、いいけどよ……」
 どうせ暇なのだから。
 仗助は顔を顰め、億泰の隣の空いているパイプ椅子に腰を下ろした。

学園祭的10のお題 Menuページへ
Topへ